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大阪地方裁判所 昭和53年(わ)1885号 判決

被告人 山本英夫

昭二五・八・二九生 学生

主文

被告人を懲役六年に処する。

未決勾留日数中一一三〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪市立大学理学部化学科に在籍する学生であるが、

第一、昭和四七年五月五日、大阪市住吉区杉本町四五九番地所在の大阪市立大学教養部化学実験室において、同大学教養部長浅野啓三管理にかかる別表記載の薬品類(時価合計約三、一三八円相当)を窃取し、

第二、治安を妨げ、および人の財産を害する目的をもつて、同四七年一二月二六日早朝、同市住吉区山之内町三丁目一〇六番地所在の大阪府住吉警察署杉本町派出所において、過塩素酸塩、硝酸カリ、ニトロ化合物、木炭粉などを主成分として製造した爆薬カーリツトなどを詰め込んだ長さ約一三糎、直径約五糎の鉄パイプ二本およびパチンコ玉を詰め、電池を用いた時限装置によつて作動する起爆装置を組み込んでブリキ缶に収入して製造した爆発物一個を同派出所に仕掛け、同日午前八時三八分ころこれを爆発させて使用し、これにより、同警察署長警視稲葉盈実が管理し、現に人の住居に使用せず、かつ人の現在しない建造物である同派出所の天井、柱、壁等を破壊(その修理見積金額約三六万一、五〇〇円)したほか、同派出所前の日本電信電話公社所有にかかる公衆電話ボツクスの北側のガラス製隔板一枚を破損(その修理見積金額約一万一、五〇〇円)するとともに、右電話ボツクス内に居合わせた武田節子(大正一三年八月三一日生)に対し治療二日間を要する右膝部外側切創の傷害を負わせ、同派出所前の靴販売業井上ノブエ方の同人所有にかかる金属性シヤツターおよび陳列台のガラス板各一枚を損壊(その修理見積金額約一万六、〇〇〇円)して、公共の危険を生じさせ、

第三、治安を妨げ、および人の財産を害する目的をもつて、同四七年一一月末ごろ、同市同区山之内町一丁目三一番地アパート婦美屋荘一二号室において、長さ約一三糎、直径約五糎の鉄パイプに過塩素酸ソーダ、フエロシアン化カリウム、砂糖を主成分として製造したいわゆる白色火薬およびパチンコ玉をつめ、硫酸入りガラスアンプルおよび雷酸水銀などを充填するなどした鉛筆キヤツプを組みこみ、衝撃などにより作動するようにした起爆装置を装填した爆発物である手投げ式爆弾一個を製造し、さらにその数日後、右同所において、右同種の鉄パイプに前記第二掲記と同種の爆薬カーリツトおよびパチンコ玉をつめ、右同様硫酸入りガラスアンプルおよび雷酸水銀などを充填するなどした鉛筆キヤツプを組みこみ、衝撃などにより作動するようにした起爆装置を装填した爆発物である手投げ式爆弾一個を製造し、いずれもそのころから、同年一二月二六日午前八時三八分ごろまでの間、右婦美屋荘一二号室、および同区杉本町四五九番地所在の大阪市立大学教養部構内の器械体操室床下に右爆弾二個を隠匿して所持し、

第四、同四七年初めごろから大阪市立大学学生葉山博子と親しく交際し、一時同棲していたこともあつたが、その後同女が山岡正和(昭和二五年六月八日生)と知り合い、被告人との交際を拒む態度を示すようになつたため、かねてより、同人に対し快よく思わず、また同女に対する未練を断ち難く、同四八年七月一五日朝前記婦美屋荘内の同女方に行つたところ、同女方で同女と寝ていた右山岡をみつけ同人に対する憤情を募らせ、同日午前一〇時三〇分ごろ、同人を同荘東側空地に呼び出したうえ、同所において、同人の顔面を足蹴りし、手拳で殴りつけ、さらにその場に倒れた同人の腕や足などを所携の鉄製パイプで数回殴打する暴行を加え、よつて同人に対し加療約一か月を要する顔面打撲挫創、左尺骨々折、両前腕打撲擦過創、両下腿挫創の各傷害を負わせ、

たものである。

(証拠の標目)(略)

(証拠関係および事実認定に関する補足的説明並びに弁護人および被告人の主張に対する判断)

一  証拠について

(一)、判示第三の事実に関する被告人の司法警察員に対する供述調書、判示第二および第三の事実に関する被告人の検察官に対する供述調書について

(1) 検察官は、差戻後の当審第二回公判廷において、判示第三の事実に関する証拠として前記証拠の標目中判示第三の事実の項に掲記の被告人の司法警察員に対する各供述調書(一〇通)、判示第二および第三の事実に関する証拠として前記証拠の標目中判示第二および第三の事実の項に掲記の被告人の検察官に対する各供述調書(六通)および被告人の検察官に対する昭和四八年七月三一日付、同年八月一五日付各供述調書の取調べ請求をなし、これに対し、弁護人は、同第三回公判廷において右の供述調書のすべてについてその任意性がないと主張し、その理由として、差戻前の第一審においてその弁護人らが主張していた供述の任意性を争う意見を援用したが、つづく同第四回公判廷において、弁護人は右各供述調書について右第三回公判廷でなした任意性を争う旨の主張を撤回し、あらためて、検察官に対する七月三一日付および八月一五日付供述調書については証拠とすることには同意できないが、その余の検察官に対する各供述調書(六通)および司法警察員に対する各供述調書(一〇通)についてはすべて証拠とすることに同意するとの意見を陳述し、その際被告人も弁護人の右の意見に何ら異をとなえず、検察官は不同意とされた検察官に対する七月三一日付および八月一五日付各供述調書に関する証拠請求を撤回し、当裁判所は、同公判廷において右の同意があつた司法警察員および検察官に対する各供述調書について採用決定をしてその取調べを施行した。以上の事実は公判調書の記載により明らかである。

(2) 司法警察員および検察官に対する右の各供述調書は、いずれも、判示第四の傷害の事実(昭和四八年七月二〇日勾留)並びに判示第二の爆発物使用(杉本町派出所爆発)の事実(引きつづく同月三〇日逮捕、八月一日勾留、同月二〇日勾留中起訴)で身柄を拘束中に、司法警察職員、検察官の取調べに対して被告人がなした供述を録取したものであるところ、差戻前の第一審の証人斎藤昭七(被告人の取調べをなした司法警察員巡査部長)の証言および同第一審の被告人の供述によると、右の各供述調書中の供述に先立つ同年七月二六日および二七日の両日における司法警察員の取調べに際してなされた被告人の供述は判示第二の爆発物使用の事実に関する限りにおいては差戻前の第一審がなした昭和五一年一月一二日付証拠決定がいうようにその供述の任意性に疑いをいだかしめる事由の存することがうかがわれることは否定し難いものの、前掲の司法警察員に対する各供述調書中の供述記載はいずれも判示第二の爆発物の使用とは事実を異にする判示第三の爆発物の製造所持に関するものであるし、右証人斎藤昭七の証言によると、同巡査部長らが同四八年七月二八日午前九時すぎごろから被告人の取調べをはじめたところ、被告人はそれまで捜査当局側に全く知られておらず取調べも追及もされていなかつたところの判示第二の杉本町派出所爆発事件とは別件の判示第三の手投げ式鉄パイプ爆弾二個の製造所持の犯行を犯したことを自ら明らかにしたが、その際、被告人は同巡査部長らに対し、まだほかに鉄パイプ爆弾二個を隠しているのでそれを早く取り出して処分してほしい、他の者が悪用することがないように警察の手で他人に迷惑がおよばないようにしてほしいなどと言つて、現に大阪教育大学天王寺分校の屋上に手投げ式鉄パイプ爆弾二個を隠匿しており同所から右爆弾を早急に搬出処分してほしい旨訴えたこと、翌二九日の取調べでは被告人は爆弾製造に使用した薬品などの残部を大阪市立大学教養部旧ボイラー室に隠していることをすすんで供述し、被告人が供述した右の各場所から手投げ式鉄パイプ爆弾二個、残量薬品などを発見し押収することができたことがそれぞれ認められるのであつて、被告人は司法警察員に対し自らすすんで判示第三の爆発物の製造所持に関する供述をはじめたものでありしかもその際の被告人の供述態度も真摯なものであるうえ、その後も司法警察員の取調に応じてその都度すすんで供述をくりかえし、供述を重ねており、かかる事情にかんがみ、被告人の司法警察員に対する前記供述調書中の各供述の任意性に疑いをいだかしむる事情は存しないというのが相当である。

検察官の被告人に対する取調べは判示第二の爆発物の使用および判示第三の爆発物の製造所持の双方に亘り、司法警察員の取調べと平行し或はそれに引きつづいてなされたものであるが、差戻前の第一審の証人丸谷日出男(被告人の取調べをなした検察官)の証言を検討すると、検察官の被告人に対する取調べは司法警察員の取調べとは独立してなされたものであり、その取調に偽計、約束、利益誘導をするなど被告人の心裡に影響を生じさせる方法を用いた形跡はうかがわれないし、また司法警察員が七月二六日、二七日に当を欠く取調をした事実を検察官自身が知つていたこともまたこれを利用しようとした事実があつたこともこれをうかがうに由ないし、被告人も検察官の個々の質問に応じて供述を重ねており、就中自ら体験したものでなければ到底知りえない爆弾の構造、使用した材料薬品、製造の方法、工程についてすすんで詳細な供述をなしているのであつて、被告人の検察官に対する供述につきその任意性に疑いをいだかしむる事由はこれを見出し難い。

(3) してみると、前掲の司法警察員に対する供述調書(一〇通)および検察官に対する供述調書(六通)については、弁護人の証拠とすることについての同意があり且つ各供述調書中の供述記載に任意性も存すると認められるから、その証拠能力を肯認するのが相当である。

(二)  判示第二および第三、判示第三の各事実に関して挙示した被告人の供述、供述調書を除くその余の証拠について

前掲の手投げ式鉄パイプ爆弾二個並びに残薬品の各捜索差押調書、差押えた右爆弾および残薬品の各鑑定嘱託書、鑑識結果復命書、右隠匿場所の検証調書および実況見分調書、爆弾製造方法に関するメモ等の捜索差押調書は、いずれも差戻前の第一審において弁護人が証拠とすることに同意し、鑑定書二通については弁護人が証拠とすることに同意しなかつたため差戻前の第一審においてその作成者を証人として取調べて刑事訴訟法三二一条四項の書面としての要件を充足しており、爆弾を解体処理した際の写真撮影報告書については、差戻後の当審において弁護人が証拠とすることに同意しているところ、前記(一)、(2)に認定したように、手投げ式鉄パイプ爆弾二個を製造して隠匿していることや右爆弾および残薬品の隠匿場所に関する被告人の司法警察員に対する各供述には任意性が存するし、右爆弾や残薬品の捜索および差押は令状にもとずいているのであるから、これらが発見押収の手続には何ら違法はなく、したがつて、右爆弾および残薬品或はその隠匿場所をめぐつて作成されている右の各捜索差押調書、各鑑定嘱託書、鑑定結果復命書、検証調書、実況見分調書、各鑑定書、写真撮影報告書などに関し違法収集証拠であるというに由なく、いずれも証拠能力に欠ける廉はないというべきである。

二  事実の認定について

(一)  判示第三の事実について

判示第三の事実に関する公訴事実(昭和四八年九月一〇日付起訴状記載の公訴事実)は、「被告人は治安を妨げ人の身体財産を害する目的をもつて、昭和四七年一一月下旬ごろ、判示アパート婦美屋荘一二号室において判示手投げ式鉄パイプ爆弾二個を製造し、同四八年七月三〇日までの間、判示各場所および大阪教育大学天王寺分校内の同大学本部学舎屋上に右爆弾二個を隠匿して所持したものである。」というのであるが、当裁判所は、前示「罪となるべき事実」第三掲示のとおり、昭和四七年一二月二六日午前八時三八分ごろまでの間の限度において犯罪の成立を認定したのでその理由を補足して説明する。

(1) まず、前掲の関係各証拠によると、被告人は杉本町派出所の爆破を企て、昭和四七年一一月中頃からそれに用いる爆弾の製造の準備にとりかかり、一一月末ごろ判示アパート婦美屋荘一二号室で、右派出所に仕掛けるためにのちに製造する予定の時限装置付爆弾の製造に失敗したときには派出所に投げ込んで使用するため、白色火薬を使用した手投げ式鉄パイプ爆弾一個を製造して同室に隠したこと(なお右の爆弾を製造した際、同時に他に手投げ式爆弾一個および時限装置付爆弾一個を製造したが、これはいずれもそのころ爆弾の性能と威力を試す実験をして使つた)、次いで一一月末ごろから一二月初めにかけて同室で前記同様の目的で爆薬カーリツトを使用した手投げ式鉄パイプ爆弾一個を製造して同室に隠したこと(なお右の爆弾を製造した際、同時に缶入り爆弾一個を製造したがそのころ実験に使つた)、そのころから同室で杉本町派出所に仕掛けて使用した時限装置付爆弾の製造にとりかかり、一二月中旬ごろこれを完成したこと、被告人は直ちに右時限装置付爆弾を大阪市立大学教養部構内の器械体操部屋にもち込んでその床下に隠し、またそのころ右の手投げ式鉄パイプ爆弾二個も右器械体操部屋の床下に搬入して隠したこと、被告人は一二月二六日早朝右の時限装置付爆弾を右の器械体操部屋から持ち出して杉本町派出所に仕掛け同日午前八時三八分ごろこれを爆発させて派出所爆破の所期の目的を完遂したこと、その結果右手投げ式鉄パイプ爆弾二個は右派出所爆破のためにはもはやこれを使用する必要がなくなつてしまつたが、そのころからこれを解体し処分してしまう機を失してしまい、その後は右器械体操部屋の床下、自宅、大阪教育大学天王寺分校の屋上などに隠していたことがいずれも認められる。

(2) 右の事実によると、手投げ式鉄パイプ爆弾二個は、杉本町派出所に仕掛けて爆発させる予定にしていた時限装置式爆弾(判示第二の事実の爆弾)の製造に失敗し或は同爆弾を同派出所に仕掛けても不発に終るなどのため、同爆弾でその目的を遂げえなかつたときに使用するつもりで、いわば予備用の爆弾として製造し所持していたものであつたから、同四七年一二月二六日早朝同派出所に仕掛けられた時限装置付爆弾が爆発して派出所爆破の目的を遂げた同日午前八時三八分以降に於ては、右の手投げ式爆弾二個は所期の使用の目的を喪失してしまつたものであるということができる。そして、被告人は、捜査段階および公判廷を通じ一貫して同派出所爆破後同四八年七月三〇日までの間においても被告人には「治安を妨げ又は人の身体財産を害する目的」は全くなかつたと供述しており、その間右爆弾二個は起爆装置が取りはずされておらず何時でも使用しうるがごとき状態にあつたがそのことについて、同派出所を爆破して所期の使用目的を遂げえたため当初は直ちに右爆弾を解体するか廃棄するつもりであつたがいつの間にかその機会を失つてしまつたまま時がすぎてしまつたという被告人の供述は信用しうるものといいうるし、その他の関係証拠を仔細に検討しても被告人には右爆弾につき「治安を妨げ又は人の身体財産を害する目的」で使用する意思は全くなかつたことが明らかであると認められる。本件では、このように、被告人に「治安を妨げ又は人の身体財産を害する目的が存在しなかつたことの積極的証明があつたといいうる場合であつて、その目的の存否について被告人が黙否しているとか被告人においてその目的の不存在を立証できなかつたという事案ではないのであるから爆発物取締罰則六条の推定規定が適用されるべき余地はないというのが相当である。

(3) したがつて、本件の手投げ式鉄パイプ爆弾二個について、被告人がこれを製造するに際しておよび製造後杉本町派出所の爆発を遂げるまでの間における所持に際して、被告人には爆発物取締罰則三条にいう「治安を妨げ又は人の財産を害する目的」が存在したことは認められるが、同派出所の爆破を遂げた同四七年一二月二六日午前八時三八分よりも以降においては被告人には右の目的は存しなかつたものというのが相当である。

してみると、本件公訴事実中、本件手投げ式鉄パイプ爆弾二個の製造の事実およびこれが所持の事実のうちの同四七年一二月二六日午前八時三八分までの部分については犯罪の証明があるが、同日午前八時三八分を過ぎたその後のこれらの所持の部分については犯罪の証明がないといわざるをえないが、結局、一罪のうちの一部について犯罪の証明がない場合であるので、主文においては無罪の言い渡しはしない。

(二)  判示第一、第二の事実につき被告人の単独犯行であることについて

被告人は、判示第一、第二の各犯行につき差戻前の第一審の第二回公判廷においていずれも被告人の単独犯行であることを認める趣旨の供述をしていたが、その後、この単独犯であることの供述を翻し、判示第一の犯行については、同第一八回公判以降、被告人は実行行為者の一人にすぎないと、判示第二の犯行については同第一四回公判以降被告人は仲間の者に頼まれて爆弾を製造して仲間の者に渡したにすぎず、杉本町派出所に爆弾を仕掛けたのは仲間の者であり、当時被告人は大学で有機化学の実験中にガラス片で右手示指を五、六針縫合する負傷していたため爆弾の設置や操作が無理であつたため同派出所に行つていないし、爆弾設置行為にも関与していないとそれぞれ供述し、いずれの犯行にも共犯者がいる旨の供述をしている。

しかしながら、被告人が判示第一、第二の各犯行について共犯者がいると供述しだしたのは公判審理の途中に至つてからのことであることや、被告人はその共犯者の氏名について全く供述していないばかりか、犯行の計画や実行に関与した共犯者の人数については、判示第一の犯行の共犯者については五人以下というだけでそれ以上の供述をせず、判示第二の共犯者の人数についてはおおよその人数さえ供述しようとしていないし、被告人が判示第二の実行行為に関与しなかつたことの根拠としている右手示指の負傷の事実についても調べてもらえば判る、当時治療を受けた市立大学の附属病院に問い合せてもらえば判るなどと供述しているだけで、それが真実であるならばその立証はさして困難であるとも思われないのに、それ以上にすすんで右の負傷の事実やその程度についての具体的な立証の活動を何らしようとさえしていないのであつて、かかる事実にかんがみると、共犯者の存在を主張する被告人の右の各供述にはにわかに信を措き難いと思われる。ところで、判示第一、第二の各犯行につき被告人の単独犯であることを認める被告人の差戻前第一審の第二回公判廷における前記供述は、被告人が公訴事実について主張すべき点は主張し、争うべき点は争い、否認すべき点は否認するなどの各詳細な陳述(被告人作成の昭和四八年一一月二九日付意見陳述書記載)をした際になされた供述であること、被告人は捜査段階を通じていずれも被告人の単独犯であることを認める供述を重ねておりその供述も詳細であること、爆発による生命、身体に対する危険を極力避けるべく事前に周到な配慮をして爆発物設備の時間と場所を選定した旨の供述のあること、被告人が捜査官の取調に対して判示第二の犯行をはじめて供述した翌朝自殺を企てた際に書いた遺書と題する書面の中に被告人の単独犯であることを記載『杉本町交番爆破(ぼくの完全な単独行動です)』しているのであつて、一旦自殺を決意し実行しようとした直前に母、弟、親しい友人らに宛てて遺書として書き残そうとした書面のこの記載の信用性を損うべき事由もうかがい難く、信用性が高いと認められる右の各供述によると、判示第一、第二の犯行は、いずれも、判示のとおり被告人の単独犯行であると認定するのが相当である(共犯者の存在をいう被告人の前掲の供述は採らない)。

三  弁護人および被告人の主張について

(一)  弁護人および被告人は、爆発物使用罪にいう爆発物の使用行為の中には使用された爆発物の製造所持行為を含む(爆発物の製造所持は爆発物使用罪の予備行為或は使用罪の一部を構成するにすぎない)と解すべきところ、手投げ式鉄パイプ爆弾二個の製造所持は時限装置付爆弾の使用と全く同一の目的をもつて同じ時期に製造され、しかも発火装置が手投げ式か時限装置かの点を除くと爆弾の材料、性質、製造方法は同一で製造場所も同じであるから、時限装置付爆弾と手投げ式爆弾の二種の爆弾を製造所持して準備し、そのうちの時限装置付爆弾を使用したという本件では、爆発物使用罪が審判の対象とされこれが有罪とされた場合にはさらに未使用の手投げ式爆弾二個の製造所持の事実を独立して審判の対象となしえないというべく、手投げ式爆弾二個の製造所持の公訴事実については刑訴法三三八条三号或は同法三三九条一項二号により公訴を棄却されるべきであると主張する。

(1) まず、爆弾の製造所持(爆発物取締罰則三条)とその使用(同罰則一条)との関係(罪数関係)について検討するに、同三条の規定が同一条の予備罪としての一面を有していることは否定しえないが、それでも、その予備行為の範囲は刑法上にいう本犯・予備の場合とは異なり、同三条は同一条の予備行為を制限的に列挙して処罰の対象にしているし、製造所持に関する同三条の法定刑は三年以上一〇年以下の懲役又は禁錮と、いうかなり重いものであつて、使用に関する同一条の法定刑の下限の懲役又は禁錮の七年に対照してみると科刑の点からみても、製造所持罪が使用罪に当然に吸収されるべきほどに軽いものとは解し難いし、さらに、同一条にいう治安を妨げ又は人の身体財産を害する目的をもつて爆発物を使用することは社会的生活の平穏を著しく害することが明らかなものであるが、右の目的をもつて爆発物を製造所持することもそれ自体危険性の大きい行為であるとともに社会の平穏を害し或は社会不安をつのらせる原因をつくり出すおそれが大きい行為であるので、使用を禁止すること(一条)とは別に、事実上はその準備行為である製造所持などの行為そのものも、各爆発物毎に独立して処罰の対象としている(三条)と解するのが、立法の趣旨や法三条の法意に副うものというべきである。

(2) ところで、本件の時限装置付爆弾一個と手投げ式鉄パイプ爆弾二個をめぐる事実関係は、前記二、(一)、(1)の項に認定したとおりであつて、被告人は、杉本町派出所の爆破という同一の目的のために、主使用分(本来使用分)としての時限装置付爆弾一個を製造し、その予備用分として手投げ式鉄パイプ爆弾二個を製造し、右三個の爆弾を一二月二六日まで同一場所で保管して所持し、同日朝右の主使用分の時限装置付爆弾一個をもち出して使用し目的を達したものであるが、右(1)で検討したごとく爆弾の製造所持と同一爆弾の使用とは別罪を構成すると解すべきであり、ことに未使用の右の手投げ式鉄パイプ爆弾二個は、使用ずみの右時限装置付爆弾とは時期を異にして製造され、独立して危険性を有する全く別個の爆弾であるから、時限装置付爆弾と同一の目的に供すべく製造され、一括して保管されていたという事実があつても、手投げ式鉄パイプ爆弾二個の製造所持は、時限装置付爆弾の使用に吸収され或はその一部(一体)をなして可罰性を失うものではなく、時限装置付爆弾の使用の罪(同一条)とは別個の爆発物の製造所持の罪(同三条)に該当し独立して処罰の対象となり、右爆発物の使用の罪とは併合罪の関係に立つというのが相当である。そうすると、手投げ式鉄パイプ爆弾二個の製造所持についての公訴の提起について刑訴法三三八条三号或は同法三三九条一項二号を理由に公訴棄却を申立てている弁護人および被告人の主張はこれを採りえない。

(二)  弁護人および被告人は、判示第三の事実に関し、被告人は手投げ式鉄パイプ爆弾二個の製造、所持の事実を自ら進んで捜査官憲に申告したものであるから、被告人のこの行為は爆発物取締罰則一一条のいう自首に該当し、その刑を免除されるべきである、と主張する。

そこで検討するに、

(1) まず、斉藤昭七巡査部長らが判示第二の杉本町派出所爆破事件の被疑者として被告人の取調べをはじめて三日目である昭和四八年七月二八日の午前中、被告人は同巡査部長らの右取調べに際してそれまで捜査当局に全く知られておらず取調べも追及もされていなかつたところの判示第三の手投げ式鉄パイプ爆弾二個を製造し、大阪教育大学天王寺分校内の同大学本部学舎の屋上に隠しているということを供述し、被告人が判示第三の犯行を行つたことを自ら進んで捜査官憲に明らかにし、捜査官側としても被告人の右供述により被告人が判示第三の犯行を行つていた事実をはじめて知りえたこと、その際被告人は同巡査部長らに対し右の爆弾を早急に搬出処分して他人に迷惑が及ぶことがないようにしてほしい旨訴えたこと、その後においても被告人は同巡査部長らの取調べにすすんで応じその取調べを受ける態度も真摯なものであつたことは前記一、(一)(2)の項で認定したところであり、差戻前の第一審の証人斉藤昭七の証言によると、被告人は右の爆弾の除去の際に除去作業に従事する警察官に万一危害が生ずるようなことが起らないように大阪教育大学の爆弾隠匿現場に被告人を連行して除去作業を手伝わせてほしい趣旨の申出をし、さらに被告人に対し警察官の手により爆弾除去作業が無事に完了したことを知らせたとき、被告人は「ありがとうございました」といい、爆弾の除去作業に当つて一人の怪我人もでなかつたことを非常に喜び安堵に満ちた表情をしていたことが認められる。

右に認定した各事実によると、手投げ式鉄パイプ爆弾二個を製造し所持していたという捜査官に対する被告人の供述は、捜査機関に対し単に自己の犯罪事実を申告したにすぎないとか或は捜査官に対し単に捜査の端緒を申し述べたという程度のものにとどまるものではないのであつて、当時捜査機関に全く知られていなかつた判示第三の犯罪事実についてこれを申告し、すすんでその処分に委ねる真摯な意思表示であるというのが相当である。

(2) ところで、前記二、(一)、(1)、(2)で認定説示したように、判示第三掲記の手投げ式鉄パイプ爆弾二個も、判示第二掲記の時限装置付爆弾一個も、いずれも当時杉本町派出所爆破に使用する目的で製造され、その目的に供するため一二月二六日まで一括して所持されてきたものであつて、被告人自身の意図においては、主使用、予備使用の違い或は三個の爆弾のすべてを使用するにせよ或はそのうちの一個の使用にとどまるにせよ、要するに杉本町派出所の爆破という一つの目的を遂げることを企んでいたもので、現にそのうちの時限装置付爆弾を使用して同派出所の爆破という目的を遂げているのであるから、その後において、被告人が右(1)で認定したごとく残存の右の手投げ式鉄パイプ爆弾二個を製造所持していること(判示第三の事実)をすすんで捜査機関に申述してその処分に委ねる意思表示をしても、それが右の手投げ式鉄パイプ爆弾二個を製造し所持していたという犯行(判示第三の犯行)に関して刑法四二条の自首に該当すると解することはできるけれども(当裁判所は刑法四二条の自首に該ると解しこれを量刑上参酌することとした)、同罰則一一条が爆発物の使用という同一条の重大な犯行を事前において未然に防止するため刑法四二条に対する特則として特に設けられている政策的規定(自首による刑の免除の規定)であることの法意にかんがみると、被告人においてすでに同派出所の爆破を敢行しているのであるから被告人の右の自首行為は同罰則一一条にいう「未だ其事を行はざる前(この法意は爆発物使用罪の実行行為に着手しない前の段階をいうと解すべきは明らかである)における自首」には該当しないし且つそのために爆発物の使用防止に資となつてもいないので同罰則一一条の「因つて危害を為すに至らざる時」に該らないというべきである。

(3) してみると、判示第三の犯行について同罰則一一条の適用を前提として刑の免除をいう主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二三五条に、判示第二の所為中、爆発物使用の点は爆発物取締罰則一条前段に、右爆発物を破裂させて判示の建造物等を損壊し公共の危険を生じさせた点は刑法一一七条一項前段、一〇九条一項に、傷害の点は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第三の所為は包括して爆発物取締罰則三条に、判示第四の所為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、それぞれ該当するところ、判示第二の右の各罪は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として最も重い爆発物取締罰則違反の罪で処断することとし、所定刑中、判示第二の罪につき有期懲役刑を、判示第三および第四の罪につきいずれも懲役刑をそれぞれ選択し、以上は、刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、最も重い判示第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、後記情状により、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で、被告人を懲役六年に処し、同法二一条により未決勾留日数中一一三〇日(差戻前の第一審における未決勾留日数中九五〇日および差戻前の上告審における未決勾留日数中一八〇日の合計一一三〇日)を右刑に算入し、(なお、上告審における未決勾留日数の算入について。控訴審の破棄判決に対し上告の申立があつたときの上告審における未決勾留日数の算入((法定通算か裁定通算か))については、これを当然に法定算入となるものと解すべきものではなく、刑事訴訟法四九五条一項、二項によりこれを決定すべきものであるとするのが同条四項の法意とするところであると解されるところ、本件においては、控訴審の破棄差戻判決に対して被告人が即日上告の申立をなし、これに対し上告審は被告人の上告趣意をすべて排斥して上告棄却の判決をなしているのであるから、この上告審における未決勾留の算入はいわゆる裁定算入にあたる場合であると解するのが相当である。)訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書により全部被告人に負担させないことにする。

(量刑の理由)

被告人の本件は、在学中の大学の化学実験室から薬品を盗み出し(判示第一の事実)、右薬品などで製造した時限装置式爆弾を派出所に仕掛けて爆発させ(判示第二の事実)手投げ式鉄パイプ爆弾二個を製造所持し(判示第三の事実)かねて親しく付き合つていた女性の男友達に傷害を負わせた(判示第四の事実)という四事案であるが、判示第二の爆発物の使用および同第三の爆発物の製造所持は、被告人の権力に対する闘争の手段として周到、綿密な計画と準備の上で敢行された犯行であるところ、被告人が我が国の支配体制に対して有する批判の思想はもとより自由であるが、その目的の実現のためには手段方法を選ばないという考えの下で危険きわまりない右各犯行に出たもので、就中判示第二の爆弾使用の犯行では同判示のとおり派出所内を破壊し、負傷者を出し、社会に不安と恐怖を生ぜしめたことは厳しく非難されるべきであるし、判示第三の犯行も衝撃や取り扱い上の手違いにより容易に爆発するおそれのあるかなり高い威力をもつ爆弾を製造し、隠匿していたものであることおよび判示第四の犯行は無抵抗の被害者を鉄製パイプでめつた殴りしてかなりの重傷を負わせたものであつて、いずれも悪質の非難は免れえず、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。しかしながら、他面、判示第二の犯行における人の身体に対する暴行の犯意(未必的)の存在は否定しがたいものの、それでも、生命、身体に対する加害の目的はなく、ことに爆発により生命身体に対する被害の発生を極力避けるべく被告人自身で事前に周到な配慮をして爆発物を設置する場所と爆発する時間とを選定しており、そのためもあつて、出した負傷者も軽傷の一人におさまり、また被告人としても本件の爆弾の破壊力についてそれほど大きいものとは考えていなかつたと思われること、判示第三の手投げ式鉄パイプ爆弾二個は同第二の派出所の爆破のための予備用の爆弾としてのみの目的で製造し所持していたもので、それ以外に使う目的意図は全くなく、現実に使用もされておらず、被告人は右犯行を自首したもので、そのことにより、無事解体処分がなされ重大な結果を招来するおそれもなくなつたこと、判示第四の犯行は女性をめぐる三角関係に由来する一時の興奮に駈られた偶発的犯行であり、被告人の実母が被害者の入院治療費を支払い、関係者相互の事情も正常にもどつていること、被告人は差戻前の第一審公判において判示第二の犯行は国家権力に対する正当な闘いであつたと確信すると供述し、差戻後の当審公判廷において検察官から判示第二および第三の犯行について反省しているかと質問された際それについては供述しない旨のべるなど外見上においては被告人の反省は必ずしも十分とはいい難いということもできないわけではないが、それでも被告人は差戻前の第一審の当初(第二回公判の意見陳述書)から判示第二の犯行について派出所附近の人々に迷惑をかけたことを謝罪し、負傷した被害者には非常にすまなく思つており、また危険物を駅前という公衆の場所で使用したことを深く反省する旨供述し、また判示第四の犯行については冷静さを欠いた感情的行動であつたことを自陳しており、また、証人山本ハル(被告人の実母)の証言によると被告人は実母に宛てて本件各犯行につき後悔している趣旨の手紙を出していることが認められるのであつて、被告人としても被告人なりに反省していることもうかがわれること、差戻前の第一審判決後に至つて、被告人の弁護人は被告人に代つて判示第二の被害者武田節子に対し詫び料として五万円を、井上ノブエに対し損害の弁償として一万六、〇〇〇円をそれぞれ送金して被告人の罪を詫び、井上ノブエはこれを受領し、武田節子は右五万円を返金してきたが、右両名はいずれも裁判所に宛てて被告人のための各嘆願書を提出しており、被告人の弁護人は右の五万円を法律扶助協会に基金として寄附していること、被告人の弁護人は同様にして損害賠償金として判示第一の被害者大阪市立大学に対し三、一三八円を判示第二の被害者である日本電信電話公社に一万一、五〇〇円を、大阪府に対し三六万一、五〇〇円をそれぞれ詫び文を添えて送金し、右被害者らはいずれもこれを受領していること、被告人は経済的に恵まれない家庭環境の下で生育し、自活しながら勉学にはげみ、前示大学において積極的に勉学にとり組み、学業に良好な成績を示し、礼節もわきまえ、現在実母から書籍の差入れを受けながら日夜一人で英語、物理などの勉学にいそしんでいるのであつて、被告人は今後方向を誤ることがない限りその将来を嘱望しうる資質と能力を有していると認められること、被告人は現在二八才の若者であること新聞店に勤めている被告人の初老の実母も被告人のために寛大な処分を嘆願していることなどの被告人のために酌むべき事実もあり、その他諸般の情状を彼此総合検討して、主文の刑を量定することとした。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上武次 谷口敬一 市川正巳)

別表(略)

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